小売企業の協力による水産物市場における持続可能性の実現

強力なガバナンスと、健全かつ回復力のある魚種資源の確保に求められる対応策

小売企業の協力による水産物市場における持続可能性の実現
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概要

海洋漁業は世界経済において極めて大きな割合を占めており、マグロ漁だけでも年間400億ドルを超える経済効果をもたらしています。カツオ、キハダ、ビンナガなどの魚種は、定番の料理や特産品の中心的存在です。水産物小売企業各社は、こうした魚種資源の管理において安定性、透明性、持続可能性を担保するとともに、持続可能な形で漁獲されたマグロなどの海洋魚に対する世界的な需要の高まりに対応することに大きな関心を寄せています。

公海上の商業的重要性の高い魚種資源を管理する国際機関である、地域漁業管理機関(RFMO)は、同機関の管轄地域における漁業活動に利害を有する加盟国によって構成されています。通常、各国代表団には政府高官、研究者、漁業関係者が参加していますが、小売企業がRFMOに自社の意見や消費者の意見を確実に届けるには、一層の努力が求められます。

しかしながら、17のRFMOは、海洋表面の合計90%以上を占める海域に生息する130種以上の魚種資源を管理し、機関ごとに適用規則が異なり、監督対象の魚種も幅広いため、水産物バイヤーや小売企業が、管理が行き届いている点や改善が必要な点を把握したり、どのようにすれば意思決定に働きかけることができるのかを知るのは至難の業といえるでしょう。本ガイドは、RFMOによる意思決定の過程を理解することで、小売企業が、その市場力を活用して重要な変化を促す方法を発見していただくことを目的としています。

小売企業がRFMOに働きかける方法

RFMOは、国連公海漁業協定のもとで、国際的な魚種資源を持続的に管理する任務を担っています。しかし、同機関はこれまで、漁獲量の最大化という短期的な目標と、漁業の健全性や市場の安定といった長期的な優先事項とのバランスを保つことに苦慮してきました。各国の漁業割り当て、公平性、公正性といった問題は、コンセンサスによる意思決定に加えて、進展を妨げることも多くなっています。

一部のRFMOは時間の経過とともに改善されてきましたが、さらなる改善が求められています。また、消費者の持続可能性に対する関心が高まっていることから、水産物小売企業は、その変化を推進するうえで積極的な役割を果たす可能性があります。小売企業は、RFMOの改革を次の方法で提言することができます。

  • RFMOの会合に参加する。サプライチェーンに対するRFMOの関与は不均衡で、漁獲部門と流通部門の割合が偏っているため、漁業において長期的な健全性よりも短期的な利益を優先するよう、管理者や行政に過大な圧力をかけることになりかねません。小売企業は、RFMO委員会の会合に出席し、管理プロセスに直接働きかけることで、その購買力を利用して自社の事業に不可欠な漁業と生態系を保護する重要な政策の実施を担保できます。また、そのようにすべきであるともいえます。
  • 各国代表団の長と接触を図る。RFMOの会合に先立ち、小売企業が水産物の調達・販売先国の政府高官に書簡、電子メール、その他の書面を送付することで、調達先を決定する際に責任ある漁業管理を優先していると代表団に周知できます。
  • 業界連合に参加する。GTA(Global Tuna Alliance)NAPA(North Atlantic Pelagic Advocacy Group)のような組織は、サプライチェーン全体の同業者の関心事項を取りまとめ、その意見を集約し、業界の重要な懸念として管理者に提起し、RFMOにおける改善を推進しています。
  • サプライヤーに働きかける。水産物供給業者(サプライヤー)は小売業の延長線上にあり、取引先の持続可能性への取り組みを支持することが求められています。小売企業はサプライヤーに対し、責任ある調達活動を行い、RFMOにおける厳格な漁業管理規則を遵守するよう強く求めることができます。
  • 調達方針を更新する。RFMOにおいて、予防的漁業管理戦略の採用や、監視およびコンプライアンスの強化を直接求める内部規則を策定するとともに、適切な場合には、革新的な管理手法の試験的導入や実施に対する経済的支援を提供します。
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小売企業がRFMOに要請すべき事項

RFMO会合で決定された管理策は、水産物市場と供給の継続性に長期的な影響を及ぼす可能性があります。小売企業は、予防科学に基づく漁獲戦略、漁業活動の監視における実効性の向上、IUU(違法・無報告・無規制)漁業に対応するための強固なコンプライアンス体制を採用するよう、RFMOや加盟国政府に働きかけることで、漁業管理の改善に貢献できます。

漁獲戦略の採用

小売企業は、RMFOが管理するすべての漁業について、漁獲戦略(管理方式とも呼ばれる)という革新的な管理手法を採用するよう求めることで、強力な漁業管理を優先すべきだという明確なメッセージを送ることができます。RFMO代表団への直接の働きかけ、サプライヤーとの連携、業界連合への参加を通じて、小売企業は以下の重要なメッセージを伝え、漁獲戦略を提言できます。

  • RFMOは、漁業の健全性を損ないかねない、旧態依然とした消極的な意思決定で多くの資源を管理しています。従来の漁業管理では、研究者らが資源評価を用いて漁獲量を推奨しますが、多くの場合、漁獲枠をめぐる交渉は紛糾し、合意に達するまでに時間がかかります。また、交渉が決裂した場合には、RFMOはその機能を果たせず、乱獲や資源の枯渇につながるおそれもあります。
  • 対照的に、漁獲戦略は、長期的かつ予防的な目標を中心にコンセンサスを得ます。当初から研究者、漁業管理者、漁業関係者が一体となり、収益性、資源の安定性、気候変動などの状況に対する回復力、その他の懸念事項のバランスを考慮しながら、重要な管理目標に合意します。これらの利害関係者が目標に合意すると、研究者らは、厳密なモデル化手順を用いて漁獲戦略を策定し、検証します。漁獲戦略には、最新の科学的評価を用い、合意目標を達成するよう全当事者が取るべき行動が規定されるため、年1回または年2回の漁獲枠交渉は不要となります。
  • 漁獲戦略を策定することで、管理者は状況の変化に迅速かつ効率的に対応し、資源の健全性を確保できます。また、このプロセスは、危急種の保護や、新たな世界的脅威に対する漁業の対策など、RFMOが他の中核的責務に取り組むうえで必要な時間と資源を確保するものでもあります。さらに、漁獲戦略は従来の管理方法よりも、特に気候変動に関連する資源量を取り巻くリスクや科学的不確実性への対処に適しています。

漁船の漁業活動監視の強化

小売企業は、対応力を増強し、悪質な漁業者が監視や取締をすり抜けられないようにする3つの重要な技術的改善を提言することで、漁業活動の厳格な監視への支持を示すことができます。電子監視システム(EM)は、漁船に搭載されたカメラやその他のデータ収集技術を使用します。固有船舶識別番号は、船名や船主の変更に関係なく船舶を識別する永続的なデジタル「タグ」です。船舶監視システム(VMS)は、衛星を使用して船舶の位置と海洋全域での活動を追跡します。監視の改善を促進する方策として、小売企業は、サプライチェーンにおけるEM試験を経済的に支援すること、社内の調達方針を更新して、すべての魚を固有識別番号を使用した監視対象船から購入するよう徹底すること、重要なメッセージを代表団の長に直接伝えることが考えられます。

  • 現在の監視戦略では、RFMOが魚種資源の状態を把握し、適切な管理決定を行ううえで必要な、適時に検証可能なデータをすべて提供することはできません。大半の公海漁業監視プログラムは、漁獲量、漁獲対象種、混獲種への影響など、漁業活動に関する情報を収集することを目的として、主に巻き網漁船を対象とする専門の監視員による監視を基本としています。しかし、この方法では監視の範囲が限られるため、RFMOSは海上活動の全容を把握することができません。その結果、数千隻もの漁船が第三者の監視なく操業することになっています。
  • EMは、監視能力を拡大すると同時に、船長がRFMO規則の遵守を証明でき、IUU漁業やその他の違法行為の抑止にも役立っています。特に延縄漁業においては、監視員のカバー率を高めれば監視は改善されると予測されますが、コストと監視員不足が、RFMOの監視能力の強化を著しく制限しています。EMは経費負担の少ない戦略です。監視能力を強化することが証明されており、漁船は漁獲物、混獲物、漁獲努力量(漁船が漁獲に投入する時間など)の正確な追跡と報告を徹底できます。
  • 固有識別番号とVMSは、違法操業を未然に防ぐとともに、不正漁獲の通報を促進します。すべての船舶に変更不可能な固有識別番号の取得と、ほぼリアルタイムの報告機能を持つVMSの設置を義務付けることで、悪質な漁業者が故意に虚偽のデータや改ざんしたデータを当局に送ることがないよう、予防措置を講じることができます。

コンプライアンス体制の強化

小売業者は、RFMOがコンプライアンス手順を導入および実施して、漁業と海洋の健全性を守ることを目的とした管理規則を遵守しながら管理業務を行っていることを検証するよう支援できます。RFMOには、管轄区域内の漁業管理策や管理規則を立案する役割がありますが、旗国漁船に対してこうした規則を実施するのは、各加盟国です。RFMO内のコンプライアンス委員会は、旗国や船舶運航者に組織の施策に従わせます。小売企業は、RFMOの会合に出席し、加盟国の代表団と意見交換を行い、業界団体に参加することで、実効性の高いコンプライアンス手順を提言できます。

  • 漁業国や漁船団の活動に対する監視の実効性を高め、違法行為を特定・防止するうえで、コンプライアンス体制のすべてが適切というわけではありません。RFMOは、特に実施に関しては、基本的な手順を踏むことで、既存の制度を改善し、施行の強化を開始できます。
  • RFMOは、明確なコンプライアンス手順の策定と実施を優先する必要があります。RFMOは、加盟国がその義務を理解し、コンプライアンス対策の実効性を高める能力を強化できるようにする必要があります。また、RFMO加盟国は、コンプライアンス要件を公平に実施するために必要な資源を確保できるよう、能力強化において互いに支援し合うことも求められています。
  • 加盟国はすべての関連施策を遵守する必要があります。具体的には、コンプライアンスデータの収集、報告、確認が挙げられます。
  • すべての当事者は、コンプライアンス査定プロセス全体の透明性を高め、適切なフォローアップ手順を確立する必要があります。RFMOとその加盟国は、船舶と旗国のコンプライアンス評価を適時かつ定期的に見直し、違反に対する罰則と模範行動に対する優遇措置の整備に取り組む必要があります。

IUU漁業の防止

多くの業界関係者の中でも、特にバイヤーや小売企業は、水産物のトレーサビリティを改善し、企業とその顧客に対して透明性と持続可能性を確保する必要性を認識しています。小売業者は、RFMOに対し、サプライチェーン全体を通じて漁獲、輸送、養殖、取引が行われる魚を追跡する漁獲記録制度(CDS)を採用し、IUU漁業に従事していると特定された船舶の最新リストを維持・共有するよう求めることで、強力なIUU漁業防止策を要求することができるとともに、そのようにすべきでもあります。小売企業は、事業を展開する国のRFMO代表団に対し、早急に断固とした措置を取るよう求める必要があります。

  • IUU漁業は、企業の消費者需要への対応力を低下させ、漁業従事者を危険にさらし、資源と海洋の健全性を損ねます。RFMOが5種の主要なマグロ類を専門に監督する海域で漁獲されるマグロ類は、年間400億ドル以上の市場価値がありますが、IUU漁業は世界経済にこれとほぼ同額の年間約364億ドルの損害を与えています。IUU活動に対する取り組みを強化することで、RFMOは、生態系への悪影響や経済的な損害を最小限に抑えつつ、規則を守る漁業者や企業が利益を享受できるよう徹底することができます。
  • CDSは、IUU漁業を撲滅するうえで最も実効性の高い手段のひとつです。適切に設計されたCDSは、水産物のトレーサビリティを向上し、多くの場合は複雑な国際サプライチェーンを流通する漁獲物の合法性を検証するうえで有効です。
  • RFMOはCDSを採用し、その設計の一貫性を確保する必要があります。広範な普及と制度の標準化がなされてこそ、RFMOは、国家機関と水産業界におけるCDSの実効性を高めることができます。
  • IUU船舶リストは強力な取締手段です。大半のRFMOと加盟国は、IUU漁業に従事していると認定した船舶のリストを保有しています。こうしたリストには、調査に不可欠な情報が記載されています。特に港湾施設では、当局が入港や役務の提供を拒否できるため、IUU漁獲物が市場に出回るのを防ぐことができます。
  • リストは常に最新の情報に即して更新する必要があります。RFMOは、定期的にIUU船舶リストを更新するとともに、その維持管理の一環として、NGOが収集したものも含め、IUU漁業の証拠を検証するよう求められます。 
  • RFMOと加盟国は、IUU船舶リストの共有と連携を促進する必要があります。共通リストを作成し、あるいは既存リストを相互に承認し、そのリストを一般に公開することは、世界中の悪質な漁業者に対する包囲網を強化する重要な一歩となるでしょう。

まとめ

漁業ガバナンスを強化する手段は揃っているものの、RFMOや加盟国では、こうした手段の一貫した、あるいは包括的な実行に至っていません。マグロやその他の公海魚種の小売市場は、漁業ガバナンスを改善し、RFMOにおける中核的な保全措置を採用するうえで促進剤となり得ます。小売企業は、堅実な調達方針と政策立案者への継続的な働きかけを通じて、漁業管理に必要な変化を促し、消費者が求める持続可能な水産物を提供するとともに、将来にわたって魚種資源と海洋の健全性を守ることができるのです。