漁獲戦略:21世紀の漁業管理

システムを適切に設計すると、長期的な漁業の繁栄を確保できる

A well-designed and well-tested harvest strategy, paired with an effective compliance regime, can ensure that depleted stocks fully recover and provide long-term, sustainable, and profitable fisheries.
Richard Robinson

概要

従来の漁獲管理には2段 階 のプ ロセ ス が ありま す。ま ず、科 学 者 が 資 源 評 価 を 行 い 、次 に 、漁 業 管 理 者 達 が 資源(漁獲対象となる魚)が最適かつ持続可能なかたちで利用されるよう、漁獲枠、禁漁期および禁漁海域などを協議します。このアプローチは単純そうに見えて、決してそうではありません。

魚の生態についての不十分な知識、不完全な漁獲データ、自然変動、魚の数を数えるモデルの使用に伴い起こる問題など、資源評価は重大な不確実性を伴う可能性があります。結果として、科学的な助言があいまいになったり、管理措置の選択肢の幅が広くなってしまうことがあります。漁業管理機関の多くは科学的助言や予防的アプローチに従うとしていますが、管理における意思決定に役立つ明確な枠組みがないため、協議はたいてい難航し、後手に回り、短期的な成果に集中してしまいます。

「漁 獲 戦 略(harvest strategy)」ま た は「管 理 方 式(management procedure)」と呼ばれるアプローチが新しい漁獲管理手法として注目を集めつつあります。漁獲戦略とは、漁業管理における意思決定(漁獲枠の設定など)を行うための、予め合意された枠組みのことです。これは参加者がゲームをする前にルールに同意するよう なもので、短期的で受動的な意思決定から長期的かつ客観的なものへと観点を変えることになります。各漁業管理機関によって名称や定義は若干異なりますが、すべての漁獲戦略は同じ基本的要素があります。すなわち、監視プログラム、漁業の現況および資源の健全性に関する指標、並びにこれら指標に関する管理基準値(reference point)、これら指標の評価方法、および漁獲機会を設定する漁獲管理ルール(harvest control rule: HCR)であり、これには管理基準値に対する主要指標の値に応じて、漁獲制限とサイズ制限を含む場合があります。ほとんどの機 関 は、漁 獲 戦 略と管 理 手 順を同 義 語と見 なしているものの、たとえば、漁 獲 管 理 ル ールとHCRを適用するために使用されるデータおよび在庫状況の推定方法を合わせた管理手順は漁獲戦略の一部と見なされる場合もあります。頑健な漁獲戦略は、導入前に管理戦略評価(management strategy evaluation: MSE)と 呼 ば れ るプ ロ セ ス に より検 証 さ れ ま す。

漁獲戦略が効果を上げる特徴の1つは、フィードバックループです。特定のデータを収集して漁業の状態を評価し、規定された管理基準値や管理目標と比較してどうであるかが評価されます。結果はHCRに送られ、HCRにより漁獲戦略の管理目標値の達成に必要な管理措置の変更が定義されます。そしてモニタリングプログラムにより新しい措置の効果を記録し、新しいデータを収集するというサイクルが繰り返されます。

頑健かつ予防的な漁獲戦略があれば、魚も漁業者も利益に浴することができます。効果的なコンプライアンス体制と組み合わせることで、漁獲戦略は気候変動に関連するものを含む科学的不確実性と変動性を考慮に入れ、短期的かつ受動的な意思決定を置換することができます。このプロセスを通じて、乱獲した資源の回復や、管理目標水準での資源の維持が図られます。適正な漁獲戦略があれば、漁業管理の透明性と予測可能性を高め、漁業の安定性が促進されます。また、海洋管理協議会などの持続可能な水産物認証プログラムが漁業における漁獲戦略の整備を義務付けているため、漁獲戦略は実施対象魚種の市場アクセスの改善にも資するものとなります。

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漁獲戦略の構成要素

管理目標

管理目標の設定は、漁獲戦略開発における最初の重要なステップです。漁業に対する展望を設定し、漁獲戦略の長期的な成功の度合いを測ることができるようになるのです。管理目標は変更できるが、漁獲戦略を効果的なものにするためには、短期的な成果が望ましくなるよう正当化する手段としてではなく、漁業の展望が本当に変化した場合にのみ変更することが重要です。

漁業の法的目標または協定目標は、漁獲量の最適化に関連して一般的な条件として表現されることが多いものの、漁獲戦略の基礎となる管理目標は、より具体的かつ測定可能で、関係するスケジュールと許容可能なリスクレベルが伴っているべきです(限界管理基準値に違反するリスクが5%、10年以内に目標管理基準値に資源状態が回復する可能性が75%など)。「高い確率で」や「できるだけ短期に」といった具体的でない表現だと解釈にバラつきが生じ、明確性を欠き、管理における交渉が複雑になります。

漁業では、複数の管理目標があることが多いものです。例えば、単一の資源を管理して、漁獲量、安定した年間漁獲量、利益、資源の回復のスピードを同時に最大化することで、個体数を目標レベルに近づけるとともに、限界管理基準値をはるかに上回ることも可能です。

複数の管理目標がある場合、他の目標と競合する場合もあります。例えば、漁獲量を最大限にすることと資源が管理基準値を下回る可能性を最小限にすることは互いに相反しています。このような場合、管理者は各目標の重要性をよく検討し、最終的な漁獲戦略の選択において比較検討を行う必要が生じるでしょう。漁業は多くの人に食糧、雇用、経済的利益をもたらす一方、こうした利益はその資源の生産性と健全性が保たれて初めて長期的に維持できるものでもあります。したがって、「資源状態」および「安全性」を獲得できる確率が十分高くなるよう、管理目標を重視する必要があります。(下記参照)。

管理目標の一般的なカテゴリー
  • 資源状態(status):健全な状態の資源量を維持できる可能性を最大限にすること(資源量がBmsyを下 回 ら ず(not overfished)、漁獲死亡がFmsyを下回らない状態(no overfishing)の維持)。
  • 安全性(safety):資源量が限界管理基準値を下回る可能性を最小限にすること。
  • 漁獲量(yield):あらゆる海域や漁具での漁獲量または漁獲率を最大にすること。
  • 安定性(stability):年ごとの漁獲量の予想精度を高めて漁獲量の安定化を最大限図ること。

管理基準値

管理基準値は、漁獲管理制度の現状と望ましい(もしくは望ましくない)状況とを対比するための指標です。管理目標と併せ用いることで、管理目標達成までどれほどの進展が見られたかを評価することができます。主として2種類の管理基準値があります。限界管理基準値(limit reference point: LRP、ま た はBlimおよびFlim)、および目標管理基準値(target reference point: TRP、ま た はBTA RG E TおよびFTA RG E T)の2つで、一 般 的 に は 漁 獲 死亡 率(Fベース )ま た は 資 源 漁 獲 量(Bベース)に基づきます。

限界管理基準値は、これを下回ればその漁業はもはや持続可能ではない危険水域を定義するものです。適切に管理された漁業では、管理者はこの危険域を回避する可能性を高めるために予防措置を講じ、たとえ基準値を下回ってしまった場 合でも、資 源 量 や 漁 獲 圧を目標レベルまで戻す 措 置 が 直ちに実 施されます。重 要な のは、LRPは対象魚種の生態と漁獲圧からの回復力にのみ基づいて設定されなければならないということです。LRPは、生物学的観点からの脅威によって資源量が達してはならない値を定義するものであるため、経済的要因は考慮するべきものではありません。

目標管理基準値は、望ましい漁獲状態を定義するものです。適切に管理された漁業では、管理措置は高い確率で継続的にこの状態を達成するように設計される必要があります。資源評価および漁獲管理一般における不確実性を鑑みた場合、TRPの利点の一つは、TRP設 定によって十 分なバッファーゾーンが 確 保され 、資 源 が限界管理基準値を下回らないようにできるということです。資源は自然の変動と不確実性に伴い目標管理基準値付近で変動することはままあっても、目標管理基準値から恒常的に下回るようなことがあってはなりません(例えば、資源量に関する目標管理基準値を常に下回っていたり、漁獲死亡率に関する目標管理基準値を常に上回っていたりしてはなりっません)。限界管理基準値の設定とは異なり、管理者と科学者は環境的、社会的、経済的、生物学的観点に基づいてTRPを設定することができます。

一部の漁業では、閾管理基準値とも呼ばれるトリガー管理基準値も設定されています。これは、漁獲管理ルールにより追加的な管理措置を促進するため、一般的にTRPとLRPの間に設定され、資源を目標管理基準値近辺に維持したり、限界管理基準値を下回らないようにするためのものです。

重要なことは、目標管理基準値も限界管理基準値も、不確実性が高くなればなるほど慎重に設定する必要があるということです。不確実性が高い場合やモニタリングシステムでカバーされている範囲が限られている場合は、バッファーを大きくして限界基準値を下回るリスクを低減するため、LRPとの間をさらに広げてTRPを設定する必要があります。

国連公海漁業協定における管理基準値に関する主要原則
  • LRPは「安全な生物学的限界内で漁獲を制限する」、LRPに違反するリスクは「非常に低い」、「資源量がLRPを下回るか、そのような管理基準値を下回るリスクがある場合、資源の回復を促進するために保全および管理措置を開始する」
  • TRPが「平均」で達成されるように管理を設計する。
  • 「最大持続可能な漁獲量を生み出す漁獲死亡率は、限界管理基準値の最小基準と見なされるべき」

漁 獲 決 定 ル ール(harvest control rule: HCR)

決定ルールとしても知られる漁獲管理ルールとは、管理基準値と比較して対象となる資源の状況を示す指標に基づいて漁獲量を決めるガイドラインであり、漁獲戦略を実行する上での一つの要素となっています。これらの指標は経験的なものとモデルベースのものの2つがあります。時折、生物学的な管理基準値に加え、経済指標またはその他の指標がトリガーになる場合もあります。

経験ベースのHCRでは、1つ以上の直接測定された資源状態の値を指標として用います。こうしたものとしては、資 源 量 調 査 や 、「 単 位 努 力 量 当 た り 漁 獲 量 (CPUE)」と呼ばれる魚を獲るためにどれだけの漁獲努力を費やしたかといった指標などが挙げられます。モデルベースのHCRでは、一般的に資源評価モデルによる予測資源量が指標になります。どちらの場合も、HCRにはデータの収集方法を含め、資源状態の計算方法に関する合意が反映されている必要があります。これら3つの構成要素は連携するため、個別に変更してはなりません。この相互依存性のために、十分に規定された漁獲戦略がHDRより好ましいものとなっています。

HCRには、漁獲量が一定で変わらないベーシックなものから、トリガーに基づいて漁獲可能量が設定される多段階的で複雑なルールまで様々なものがあります。多くの場合、水産資源の生息量が目標管理基準値を下回ったときがHCRでの最初の漁獲管理措置策が実施されるタイミングになります。HCRでは資源がTRPを下回った場合には自動的に管理措置を実施するよう規定され、資源が限界管理基準値(LRP)をも下回ることがないようにしています。トリガー管理基準値を下回るまでは特段の管理措置が実施されないものもあります。

漁獲規制措置は漁獲量、漁獲努力量(合計操業許可日数など)、または漁獲死亡率(F)に基づいて行われます。HCRには禁漁期間ないし禁漁海域など、他の規制の変更が必要になる場合もあります。

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管 理 戦 略 評 価(management strategy evaluation: MSE)

管理戦略評価は、科学者と管理者が漁業のシミュレーションを行い、漁獲戦略(管理方式)候補のうちのどれが予め合意された管理目標を達成できるかを検証するために用いられるツールです。MSEで は 、不 確 実 性 に 関係なく最高の成果を上げることができる漁獲戦略を特定し、相対立する管理目標における交換条件の均衡を図ります。MSEは、漁獲戦略を作成し、同意に至るうえでの根幹であると言えるでしょう。

MSEフレームワークを構成する方法は多数ありますが、1つ 以 上 の 「 オ ペ レ ー テ ィ ン グ モ デ ル 」(operating model: OM)がプロセスの中核をなしています。これらのOMでは、漁業と提案された漁獲戦略候補に関連するすべての要素のシミュレーションが行われます。これには、加入量などの資源の生態や、違法操業のレベルなどの漁業に関する諸要素に関する、現実に起こり得るすべての仮説が含まれます。仮定の組み合わせは多数あるため、何百ものシナリオが検証される場合が多いものです。OM(オペレ ーティング モデル)は 、CPUEデータなどの利用可能な実世界のデータを取り込んで妥当でないシナリオを除外することにより「調整(condition)」します。たとえば、OMでは過去に生じたことを模倣できなければなりません。「閉ループシミュレーション(closed-loop simulation)」を 用 いて 漁 獲 戦 略 候 補 の 検 証 を 行 いま す( 図3を 参 照 )。

MSEの 結 果 か ら 、ど のHCR候補が予め合意された管理目標を達成できる可能性が高いのかを(管理目標の定量的表現であるパフォーマンスインジケーターにより)、個々の管理目標ごとに、もしくは複数の管理目標を一括して、把握することができます。レーダーチャートや箱ひげ図など、結果を表示する方法は多数あります(図4を 参 照 )。目 標 を 達 成 する可 能 性 を 示 すパー セント値( 例: 乱獲が発生しない確率が75%)や、具体 的 な数 値 を 達 成 する 確 率(例: 長期的な年間漁獲量50,000トン、漁獲可能量の増減を±10%以内に抑制、今後20年間で資源が限界管理基準値を下回る可能性を10年間以内に抑制)などで結果を示すことができます。結果を検討する際、管理者は、「短期的な漁獲量を最大限にする」や「資源の状態を改善する」など相反することもある目標の代償を勘案し、漁獲戦略の候補のうちどれが全目標の達成に最も適しているかを同定します。

重要なことは、漁獲戦略のすべての構成要素を更新でき、当然のことながらMSEを繰り返せるということです。選択されたHCRは通常3~5年ごとに再評価され、成果が期待どおりでない場合や、MSEで検証されなかった「例外的な状況」になった場合(必要な漁獲率指数が廃止されたなど)、あるいは新しい知見に対応するためにOMを改訂しなければならない場合は、HCRを変更することができます。MSEと漁獲戦略は管理行動を促す点で従来型の資源評価への依存度が低いのですが、漁獲戦略が期待されたとおりの結果を上げているか、ベンチマーク評価が通常定期的に実施されます。

MSEプロセスを完全に実施せずに未検証の漁獲戦略を採用すると、このアプローチを採用することによって得られる多くの利点が活かされず、漁業の業績に悪影響が出ることがあります。管理者が未検証の漁獲戦略を導入しようとする際、従来の漁業管理における問題点の一つである、当事者間での論争的な交渉がその過程で必要となり、決定は、長期的な目標達成ではなく短期的な事情を重視して下されることになってしまいます。

まとめ

正しく設計されていれば、漁獲戦略は魚にも漁業者にも利益をもたらすものです。こうしたツールの有効性を認識し、多数の国際漁業管理機関ではそれぞれの漁業に適した漁獲戦略を作成したり、導入したりしています。どの管理機関も他の機関で行われた作業を足掛かりにしたり、補足したりすることを通じて、漁獲戦略策定過程で学んだ数々の教訓から学ぶことができます。

堅実な漁獲戦略の立案には科学者、管理者、関係者から成るチームの協力が必要となります。科学者がMSEのモデリングを行う一方、管理者は様々な政策判断を行う必要があります。管理者は、管理基準値、許容可能なリスクのレ ベ ル、漁 獲 戦 略 のスケ ジュール を 選 択しま す。また 、MSEで検証するHCR候補の概要を定めます。MSEでの検証が行われた後、管理者が目を通し、それぞれの管理目標における交換条件の重要度に基づき、漁獲戦略を選定します。このように、MSEでの分析およびモデリングの作業の大部分は科学者が行う一方で、管理者は、関係者からの助言を取り入れながら、プロセスのフロントエンド(管理目標の設定)とバックエンド(漁獲戦略の選択)の両方において主たる役割を果たします。

MSEを実施し最終的な漁獲戦略を決定するには多くの時間と労力が必要となります。しかしながら、ミナミマグロにおける最近の資源量と漁獲枠の増加に裏付けされているように、こうした漁獲戦略策定のための初期投資は極めて短期間のうちに回収できることが明らかとなっています。良く設計され、検証されたアプローチとしての漁獲戦略を効果的な履行監視措置と組み合わせることで、枯渇した資源が再生し、長期的に持続可能で利益を生み出す漁業が可能となるのです。